Kubernetes ファイル共有 IaC
Kubernetesでファイル共有システムを構築?IaCによる構成と役割分担
はじめに:現代のシステム運用に求められる「自動化と効率化」
長年IT業界に携わってこられた方々は、かつてのシステム開発や運用がどれほど手作業に依存していたか、よくご存知でしょう。新しいサーバーを立てるたびにOSをインストールし、ソフトウェアを設定し、アプリケーションをデプロイする。問題が起きれば夜中に呼び出され、手作業で対応する。そんな運用が当たり前でした。
しかし、現代のビジネス環境は劇的に変化しました。サービスのローンチサイクルは短縮され、ユーザー数は爆発的に増加。システムは常に変化し続けることが求められています。昔ながらのやり方では、もはや立ち行かなくなっています。
そこで登場したのが、Kubernetes(クバネティス、通称K8s) とIaC(Infrastructure as Code:インフラ・アズ・コード) です。Kubernetesは、コンテナ化されたアプリケーションの自動化されたデプロイ、スケーリング、管理を行うためのプラットフォームです。一方、IaCは、インフラをコードとして扱い、自動構築・管理する手法を指します。これらは、現代のシステム運用における「自動化と効率化」を極限まで推し進めるための、強力なプラットフォームと手法なのです。
1. コンテナとKubernetesの基礎
1.1 昔のインフラと課題
かつて、アプリケーションは物理サーバー上に直接デプロイされていました。サーバーごとに設定が異なりやすく、特定のアプリケーションしか動かせない「サイロ化」が発生。リソースの無駄も多く、一つのサーバーに問題が起きると、そこで動く複数のアプリケーションが停止するリスクがありました。
その後、仮想化技術(仮想サーバー、VM: Virtual Machine) が登場しました。一つの物理サーバー上に複数の仮想サーバーを動かすことで、リソースの効率利用が進みました。しかし、仮想サーバーはOSを含んだ完全な環境です。そのため、起動に時間がかかり、リソース消費も大きいという課題がありました。
1.2 コンテナの登場とメリット
ここで登場するのがコンテナです。コンテナは、アプリケーションとその実行に必要なすべてのもの(ライブラリ、設定ファイルなど)を一つにまとめて「カプセル化」したものです。仮想サーバーと違い、OS全体を含むわけではありません。同じホストOSのカーネルを共有するため、さらに軽量です。そのため、非常に軽量で高速に起動します。
例えるなら、物理サーバーは「一戸建ての家」、仮想サーバーは「マンションの一室」、そしてコンテナは「引越し可能な箱詰めの荷物」です。ホストOSの上で、**アプリケーションとその実行環境だけを「箱詰め」**にするイメージです。
この「どこへでも同じ状態で動く」という特性が、現代の高速な開発サイクルには非常に重要です。開発者のPCで動いたものが、テスト環境、本番環境でも同じように動くため、「私の環境では動いたのに!」という問題が激減します。
1.3 Kubernetesとは?その役割と仕組み
このコンテナは非常に便利ですが、アプリケーションが数十、数百、数千個ものコンテナで構成されるようになると、手作業でそれらを管理するのは不可能です。
- どのサーバーでどのコンテナを動かすか?
- 負荷が増えたら、このコンテナをあと3つ増やそう
- このコンテナが壊れたら、自動的に作り直して
- 新しいバージョンのコンテナに、安全に切り替えよう
こうした、大量のコンテナを「自動で、効率的に、安定して」管理・運用してくれるシステムこそが、Kubernetesなのです。これはまさに「コンテナオーケストレーション」と呼ばれる分野の代表格です。Googleが開発し、現在はCNCF(Cloud Native Computing Foundation)が管理しています。
なお、Kubernetes上のリソース(アプリケーションの動作設定など)の管理は、単に設定ファイル(YAMLファイル)を手書きするだけでなく、HelmやArgo CD(ギットオプス)といったツールを組み合わせることで、より効率的かつ安全に運用できます。詳しくは後述します。

2. KubernetesとIaCで実現するBox風ファイル共有システム
結論から言うと、Boxのようなファイル共有システムをKubernetesで実装することは、技術的に十分に可能であり、多くのメリットがあります。 実際、DropboxやBoxといった大規模なファイル共有システムでも、公式に詳細な構成はすべて公開されているわけではありませんが、多くのSaaS企業がマイクロサービスやコンテナ技術を採用していることは広く知られています。Kubernetesの採用は、現代のSaaS開発における標準的なアプローチとなりつつあります。
Boxのようなシステムは、単にファイルを保存するだけでなく、リアルタイムでの同期、バージョン管理、アクセス権限管理、プレビュー機能、検索機能など、多岐にわたる機能が組み合わされています。これらをすべて一つの巨大なアプリケーションで実現するのではなく、それぞれの機能を小さな独立したサービス(マイクロサービス)として構築し、Kubernetes上で連携させることが現代的なアプローチです。
ただし、商用レベルの完成度を目指す場合、相応の技術力とリソースが必要となります。
2.1 システム構成とマイクロサービス群
Boxのようなシステムは、以下のような複数のマイクロサービスに分割して実装されます。これらのサービスはそれぞれ独立したコンテナとしてKubernetesのPod上で動作します。
- ファイルアップロード/ダウンロードサービス: ユーザーからのリクエストを処理します。
- ストレージ管理サービス: 実際のファイルデータをクラウドストレージと連携して保存・管理します。オンプレミスやハイブリッド構成も考慮できます。
- メタデータ管理サービス: ファイルの所有者、サイズ、バージョンなどの情報をデータベースで管理します。
- ユーザー/権限管理サービス: ユーザー認証とファイルへのアクセス権限を管理します。
- 同期サービス: 複数デバイス間でのリアルタイム同期を行います。
- 検索サービス: ファイルの内容やメタデータを高速に検索します。
- プレビュー/変換サービス: ドキュメントや画像をブラウザで表示できるよう変換します。
- 通知サービス: ファイルの変更などをユーザーに通知します。
- API Gateway: 外部からのリクエストを受け付け、適切な内部マイクロサービスにルーティングします。
2.2 技術的なポイントと注意点
BoxのようなシステムをKubernetes上で構築・運用するには、インフラの設定からアプリケーションのデプロイまで、膨大な作業が発生します。これらを効率的かつ確実に進めるために、「TerraformによるIaC(Infrastructure as Code)」という考え方が非常に重要になります。
3. IaC(Infrastructure as Code)で支えるインフラ自動化
3.1 IaCとは?Terraformの役割
IaCとは「Infrastructure as Code」の略で、これまで手作業で行っていたサーバーやネットワーク、データベースなどのインフラの構築・設定を、コード(設定ファイル)として記述し、自動化する手法です。これにより、インフラの構築プロセスがソフトウェア開発と同じように管理できるようになります。
Terraformは、このIaCを実現するための代表的なツールの一つです。
昔のインフラ構築(手作業) | TerraformによるIaC |
手順書に沿って手作業でサーバーを立てる 担当者のスキルや経験で結果が変わる可能性がありました。変更履歴の管理も難しい点でした。同じ環境を複数作るのも大変でした。 | コード(ファイル)を書いてインフラを構築 コードなので誰が実行しても同じ結果になります。コードをGitなどで管理し、変更履歴を追跡可能です。コードをコピーして別の環境を簡単に複製できます。 (表は罫線や背景色で区切り、視覚的に情報が整理されているように見せることを推奨) |
Terraformを使うと、クラウドインフラ(ネットワーク、ストレージ、データベースなど)や、Kubernetesクラスター自体をコードとして記述し、自動で構築できます。これにより、インフラの構築が迅速になり、一貫性が確保され、ヒューマンエラーが減少します。
3.2 インフラとアプリケーションの役割分担
BoxのようなシステムをKubernetesとTerraformで構築する場合、どの部分をインフラチームが担当し、どの部分をアプリケーション開発チームが担当するのか、その境界線を明確にすることが重要です。
1. インフラの設計・構築範囲(IaCで管理する部分)
インフラチームは、主に「アプリケーションが安定して動作するための土台作り」を担当します。これらはTerraformなどのIaCツールでコードとして管理・構築される部分です。
- クラウド基盤(ネットワーク、ストレージ、データベースなど)の準備: 仮想ネットワーク、ファイアウォール、オブジェクトストレージ、マネージドデータベース、キャッシュサービス、メッセージキューサービスなどを設定します。
- Kubernetesクラスターの構築: マネージドKubernetesクラスターの立ち上げ、バージョン、ノード(ワーカーサーバー)の種類や数、オートスケール設定などを定義します。
- クラスター共通基盤の構築: Kubernetesクラスター上で動作する監視やログ収集システム、サービスメッシュ(マイクロサービス間の通信やセキュリティ、観測性を共通の仕組みで制御するネットワーク層の技術)、Ingressコントローラーなどをデプロイします。
これらのインフラ要素は、Terraformのコードとしてバージョン管理され、必要に応じて何度でも同じ状態で再構築できます。
2. アプリケーション開発が必要な部分
アプリケーション開発チームは、インフラチームが用意したKubernetesクラスター上で、「実際にユーザーに価値を提供するアプリケーションの機能」を開発します。これらは主にプログラミング言語で書かれ、コンテナ化されてKubernetesにデプロイされます。
- マイクロサービスの開発: 上述の各マイクロサービス(ファイルアップロード/ダウンロードなど)をプログラミング言語で開発します。
- コンテナイメージの作成: 開発した各マイクロサービスをDockerなどのツールでコンテナイメージとしてパッケージ化します。
- Kubernetesへのデプロイ定義: 各マイクロサービスをKubernetes上でどのように動かすか(Podの数、CPU/メモリのリソース、環境変数、Secretsなど)をYAMLファイルで定義します(Deployment, Service, ConfigMap, SecretなどのKubernetesリソース定義)。
- なお、Kubernetes上の詳細なリソース(アプリケーションの動作設定など)は、Terraformだけですべてを管理するのではなく、専用の管理ツール(HelmやArgo CDなどのGitOpsツール)を併用するケースが一般的です。TerraformはKubernetesリソースの管理も可能ですが、一般的にはクラウド基盤やクラスター自体の管理に限定し、アプリケーションレイヤーのリソースはHelmやArgo CDで管理する構成が推奨されます。これは、リソースの変更頻度や責任範囲の違いを考慮した実践的な分離です。
- これらのYAMLファイルは、JenkinsやGitHub Actions、GitLab CI、Argo CDなどのCI/CDツールを通じて、Kubernetesクラスターに自動的にデプロイされます。
- フロントエンド(Web/モバイルアプリ)の開発: ユーザーが直接触れるWebブラウザ用のUIやモバイルアプリを開発します。これらはKubernetes上のAPI Gatewayと連携します。
4. 実運用における現実的な考慮事項
KubernetesとTerraformは現代の強力なツールですが、実際の運用にはいくつかの考慮点があります。
4.1 Kubernetesリソース管理の住み分け
Terraformは主にクラウド基盤(VPCやKubernetesクラスター自体)の管理に強く、Kubernetes上のアプリケーションレイヤーはHelmやArgo CDといったGitOps(ギットオプス:アプリケーションやインフラの構成情報をGitで一元管理し、その状態と実際のシステムを常に一致させる手法)ツールの方が管理しやすいという住み分けが一般的です。
4.2 Pulumiの位置づけと選択肢
Terraformは宣言型の設定ファイル(YAMLやHCL)でインフラを管理しますが、PulumiはTypeScriptやPythonなどの一般的なプログラミング言語を使って、より柔軟にインフラをコード化できるツールです。特にアプリ開発者にとって親しみやすく、IaCとアプリケーション開発の境界をよりシームレスにできます。これにより、IaCとアプリケーションコードの境界がより柔軟になり、さらなる自動化と統合が実現可能です。
4.3 DevOps文化と責任範囲の変化
本文では役割分担を明確に記載しましたが、現代のDevOpsでは、インフラとアプリケーションの責任範囲が重なる場合も増えています。「You build it, you run it(開発したものが動く責任は開発者自身が持つ)」という文化のもと、アプリ開発者自身がKubernetesリソースの定義やデプロイまで担当するケースが増えています。この場合、インフラチームやプラットフォームチームは、開発者が安心して使えるような共通基盤や自動化されたパイプラインを提供する役割を担います。
5. まとめ:自動化と役割分担が生む、理想のシステム構築
項目 | 昔のシステム構築 | Kubernetes + Terraformの現代システム構築 |
インフラ構築 | 手作業、手順書、属人化しやすい。 | Terraform (IaC) でコード化、自動化、バージョン管理。 |
アプリ開発 | モノリス(一つの巨大なアプリ) | マイクロサービス化、独立して開発・デプロイ。 |
アプリ実行基盤 | 物理/仮想サーバー、OS上に直接インストール。 | Kubernetes上でコンテナとして実行、自動スケーリング。例えば、コンテナが異常終了した場合でも、自動で新しいコンテナを立ち上げ、サービスの継続性を確保します。この自己修復機能(Podが落ちても自動で再起動し、サービス継続を担保)により、システム全体の可用性が大幅に向上します。 |
担当範囲 | インフラ担当とアプリ担当の壁が高い。 | インフラ(IaC)とアプリ(コンテナ開発)で役割分担しつつ、DevOpsで連携強化。 |
【KubernetesとTerraform導入による効果】
- インフラ構築の自動化と標準化(Terraform): 手作業の削減、環境の一貫性確保、ヒューマンエラーの減少。
- アプリケーション運用の効率化と可用性向上(Kubernetes): 自動スケーリング、自己修復、ダウンタイムを抑えた更新。
- マイクロサービスによる機能単位の独立開発・高速リリース: アプリケーションの一部を迅速に開発・更新し、市場投入までの時間を短縮。
- GitやCI/CDツールとのシームレスな統合による変更管理とデプロイの自動化: コードベースでのインフラ・アプリケーション管理による変更の追跡と信頼性の向上。
- 専門家の役割分担とDevOps文化によるスピードと品質の両立: 開発と運用の連携強化による、システム全体のパフォーマンス向上、可観測性(Observability:システム内部の状態をメトリクスやログで常に把握できる仕組み)やセキュリティ強化の観点も重要になります。
このように、TerraformによるIaCはインフラ構築の「自動化と標準化」を、Kubernetesはアプリケーション実行環境の「自動化と効率化」を担います。
Boxのような大規模システムでは、インフラの専門家がTerraformを使ってインフラの土台を固め、アプリケーション開発者がその土台の上にKubernetesを活用してビジネスロジックを実装します。このように、明確な役割分担と密接な連携が成功の鍵となります。従来の手作業に頼った運用から脱却し、インフラとアプリケーション開発を一体化させたこのアプローチは、これからのシステム開発・運用の新たなスタンダードとなるでしょう。
本記事ではBoxのようなファイル共有システムを、KubernetesとIaCを活用して構築するための全体像を解説しました。もし実際に手を動かしてみたい方は、次のステップとして「Minikubeによるローカル環境構築」や「Terraformのハンズオン」を試してみるのがおすすめです。
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